SENDAI CITY LIFE MAGAZINE

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『なくてもよくて絶え間なくひかる』宮崎夏次系(裏少年サンデーコミックス)

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僕だけの風景と思っていたもの。記憶のどこかで、絶え間なくひかっているもの。それはきっと——

―『なくてもよくて絶え間なくひかる』宮崎夏次系 より

 

宮城県出身・在住の漫画家、宮崎夏次系『なくてもよくて絶え間なくひかる』は、宮崎夏次系が描く「新時代ボーイミーツガールストーリー」と、出版元の小学館のサイトで紹介されている。

宮崎夏次系の漫画が評されるとき、いままでにない、荒唐無稽、枠にあてはまらない、新時代、といった形容を持ち出されることが多い。わたしも、宮崎夏次系の『変身のニュース』を初めて読んだ時、今まで読んだどの漫画にも喩えられない、独特で新鮮な作品群であると感じた。死や虚構の空気が色濃く、寂しさや孤独を感じさせながらも、登場人物が多く、絵柄が派手な部分もあり、人物の絵がとてもかわいらしくて魅力的。ストーリーはどれもつかみどころがないものの、なぜか説得力を感じる、不思議な漫画だと思った。

変身のニュース / 宮崎夏次系 - モーニング公式サイト - モアイ

 

しかし、『なくてもよくて絶え間なくひかる』を読んでから、その「いままでになさ」は決して奇を衒ったものではなく、わたしたちが持っている感情や体験のなかでも、とくに言語化・表現がむずかしい類のものに、宮崎夏次系が挑んでいるこそだと気付かされた。決して単純化できない、かといって対極でもないものたちの蒐集。フィクションのようでいてきわめてリアルな、空想と現実においての汽水域が描かれているような感覚だ。

作中では、宮崎夏次系が通っていた宮城野高校の校舎や中庭などのモチーフ、また仙台駅やその周辺といった実際に存在する風景が多く登場する一方、どこなのかわからない場所が急に現れたりもする。登場する人物たちでさえ、それぞれが実際に存在しているのかどうかすらわからない。主人公であっても、だ。そもそも、漫画において、「実際に存在する登場人物」とはなんなのだろうか。実在・非実在を超えてわたしたちの心に届くものこそが本当なのだとわたしは思う。人生のベスト5に数えたい、とても好きな漫画作品のひとつ。

 

以下、漫画の内容に触れた感想を記す。未読の方やネタバレを避けたい方はスクロールをしないようお願いしたい。しかし、言語化・表現がむずかしい類のものが込められた作品ゆえ、感想が特に抽象的なものになっている。

 

『なくてもよくて絶え間なくひかる』書籍情報

『なくてもよくて絶え間なくひかる』宮崎夏次系

900円+税 小学館刊(裏少年サンデーコミックス

なくてもよくて絶え間なくひかる | 小学館

 

 

『なくてもよくて絶え間なくひかる』感想

わたしが日々繰り広げている空想。なくてもよいもの。空想の中の生き物たち。イマジナリーフレンド。彼らとの会話。風景。幻想の街。わたしはずっとそういったものを持っていて、ときどき現実と虚構が入り混じるような感覚になることがよくある。それはほとんど自分の中だけにあるもので、だれかに話すようなことでもなかった。ただ、そういった「なくてもよいもの」は、わたしのつくり出した嘘なのになぜかリアリティがあって、脳裏から離れることはなく、常にわたしの側にあった。その感覚がだれにでもあるとわかっていても、自分だけの特別にしたい気がした。だって、それがないと生きていけなかったのだから。『なくてもよくて絶え間なくひかる』は、わたしの空想を肯定も否定もせず、誰にだってある特別を大切にしてくれている。

 

『なくてもよくて絶え間なくひかる』は、「音が聞こえる」漫画だ。擬音、喧騒、息遣い、車のクラクション、だれかの会話、鉛筆の音、テレビの音声、生き物の鳴き声などが常にコマの中にめいっぱい描かれている。だからこそ、それらが書き込まれない時に、音がなくなる瞬間がある。そのシーンは時が止まったような静寂で、美しく、漫画の中へと引き込まれていく。また、音によって現実に引き戻されることもある。手元に漫画がある方は、音があるシーンと音のないシーンを見比べていただければうれしい。

 

途中まで読んで、「ボーイミーツガール」ではないのでは、と思った。最後まで読んで、これは紛れもなく「ボーイミーツガール」だと思った。その理由を言葉で規定しすぎるのもよくないが、ひとつ言えるのは、並木以外の人間の空想、一番わかりやすいところでは、ユキコの空想も物語の中に組み込まれていたと判明したからである。だれしもが「なくてもよいもの」を抱えている。それぞれの事情を生き抜くために。そのひかりごと携えてだれかと出会う。この世界には、そんな奇跡みたいな出来事がありふれている。

 

 

宮崎夏次系

宮城県出身・在住の漫画家。宮城県宮城野高等学校美術科を経て、多摩美術大学美術学部絵画科版画専攻卒。第56回ちばてつや賞(2009年)一般部門に応募した『赤い朝』で準入選受賞をきっかけに、『夕方までに帰るよ』(講談社)で月刊漫画雑誌デビュー。「モーニング・ツー」にて『あなたはブンちゃんの恋』を連載中。

宮崎夏次系情報 (@natsujikeinfo) | Twitter