ボイスログ
日記を書く代わりに、ひたすら喋ったものを文字起こししています。録音した音声データは、アップロードすることもあるし、しないこともあります。
はい。ボイスログ2回目でございます。なんといってもボイスログという名前を大事にしていきたいという熱い思いがあります。
最近のこの閉塞感についてちょっと吐き出してみようかなと思っていて。やっぱり、落ち着いてきたからだと思うんですよね。ある程度、仕事にも慣れて、盛岡での暮らしも慣れて、自分の持っているものでできることが増えてきたというか。今までは、獲得をして、自分のできることを拡張していった先で何かができるみたいなところだったのが、だいたいもう5年目にもなってくると、もうだいたい知ってますよっていう。その自分のできることとか、分かっていること、知っていることっていうことが、そのまま、日々の生活にそのままダイレクトに反映されるというか、なので割とできることだけでやってるみたいな感じに少しずつなってきているなあという感覚は正直ありますね。
解消する術は、より難しいものに挑むとか、自分の新しい知識を獲得するとか、結局そういうことになってくるのかなという感じはしていますから。そのためには勉強をする、学習をする、何か新しいコミュニティに出ていく、みたいなことが大切なのかなと思ってますけども、そんなね、自己啓発的な気持ちがなくたって生きていきたいじゃないかっていう。
自己啓発をやらなくてもいきいき生きたいっていう。これは無理なのかもしれないけど、無茶なのかもしれないけども、その自己啓発的なものに回収されたくはないんですよ。だから、焦って資格取るとか、いろんなね、あるじゃないですか、あとはもうビジネス本にハマるとか、自己啓発本めっちゃ読むとか、社会人のコミュニティに入るとか、すごい前向きな朝活するぜみたいな、読書するぜみたいな、そういう前向きな自己啓発に取り込まれることなく、俺は生きたいんだという、そういう覚悟をね、どうやって解消するかというところで、俺はボイスログをやるっていう。
これもちょっと自己啓発なんじゃねえかって話はあるんですけど。まあ、いろんなね、考え方、捉え方はありますけど、とにかくね、そういうダサいものとして自己啓発を捉えているのはなんでだろうというのはあるんですけど、そういうものに回収されることなく、自分で、獲得していった知識によって、道を切り開いていきたいという思いがあるわけですよね。それは結構健全だと俺は思うんですけど、その健全さの中で、自己啓発をすごく嫌がる、嫌悪するっていうのは、あまり健全ではないけれども。
いや、難しいですよね。結局、マスを取っている、大衆の心を掴んでいるものって、結局はやっぱり良いんだなというか。だから結局、自己啓発的なものが消えないっていうのはそういうことなんだろう。廃れないっていうのはそういうことなんだろうと思いますけど。
でも本屋さんに行ってさ、本屋さんにパッと入った時に、一番最初のこの見える棚、入口を開けて、一番最初に見える棚に何が置いてあるかって結構重要で、もうその本屋さんのステートメントじゃないけれども、うちはこれで行きますぜっていう宣言じゃないですか。パッと開けた時に、ホリエモンとかひろゆきとかが並んでるとマジでガッカリするというか、もうこの本屋見るもんねーわっていう、そう思っちゃうぐらいクソつまんねーなって思うところは結構あって、そういうのに取込まれていく感じ?もう、多分ね、もうホリエモンもひろゆきも論破なんて言ってないと思いますけど、でもそういうなんというか、マウントを取っていきたいというその気持ちが、そこの本屋にあるというのは、非常に良くないというか、他者ありきというかね、評価軸が。そうじゃなくて、自分で何かを獲得するんだと、その自分の体験を語るんだという、自分の感想を語るんだという、そういう思いを持った本が、本屋の一番最初のパッと開けた見えるところに置いてってほしいわけですよ。
そのためにはまず自分がこの自分をどう見つめているか、そして自分を通して社会をどう見てみるか、このフィルターどういうふうなフィルターで自分は世界を見ているのかっていうのをきちっと把握するためには言葉にすることが必要だと思っているし、別に言葉じゃなくても絵でもいいし、図示してもいいし、別に言語にする必要はないんですよ、ちゃんと把握ができていれば。それがね、謎の図形でも別にいいんですよ、ちゃんと把握できてさえいれば。ちゃんと把握さえできていれば、別に言語化は必要ない。だから何らかのモチーフは必要ということで、そのモチーフを何で俺は作っていくかっていうと、文章ではなくて音声だと思っているので、喋るっていう。ひたすら喋って自分が何を考えていて、何を目指しているのかっていうのをちょっと捉えていきたい。
それで言うと、自分タイピングがものすごい苦手なんですよ。パソコンで文字を打つっていうのが、タイピングがすごく下手で極端に遅いんですよ。本当はこのタイピングを練習した方がいいんですよね。なぜなら、タイピングが遅いことによって、自分が考えているこの思考、脳の中にある言葉を、直接インターネットに落とし込めてないんですよ。タイピングが苦手なので、自分が考えている文字数の3分の1とか4分の1とか、下手したら10分の1くらいまで縮小されたものがタイプされている。だから自分の思考丸ままじゃなくて、自分の思考のめっちゃギュッとしたところだけがタイプされている。文字が打たれている。それを考えた時に、それってすごい本当にもったいないことなんじゃないかなと思っていて。
自分はガラケー世代なので、もともとガラケーの文字を打つというところは結構、割と早く打てたんですけど、スマートフォンになってから、どんどんスマホが大きくなってきたことによって、スマホもちょっと自分の考えている速度と打てている速度はやっぱりちょっと違うと。
自分の思考よりも、追いつけるぐらいに文字が打てる装置って何なんだって言ったら、発話なわけですよね。言葉を発するということ。自分と脳を直接インターネットに接続させる唯一の手段であって、それが最近文字起こしとかをできる、AI文字起こしみたいなソフトとかもいっぱい出てきているから、自分がやっと自分の思考、自分の考えていることとか、自分の脳内にある全てを吐き出せる、インターネットに吐き出せるっていうのが、ついにできるようになった。
ただ、自分は音声も好きだけど、結局は文字で見たい人間でもあるから、やっぱりそれを文字にしたいということで、自分の喋っているものを文字にする。だからこそのボイスログなんですけど、そういうのをね、どんどんやっていこうということで始めてますから、とにかく自分の脳を直接ね、皆さんにお見せをしたいという、パカッと開けてですね、ぜひ見ていただければというところでやってますから。
でも結局は自分に見せたいだけなんですよね。自分の脳って自分で見えないですから。変な話ですよね。結局自分の脳も自分から見えないわけなんですよ。だから自分の脳を自分に見せるには、発話をしていかなきゃいけないわけで。見せるっていうか、聞かせてもいいんですけどね。そういう手段。
取るためには、やっぱりこの言語化っていう言葉はすごい好きではないですけど、なんか脳に見せるために喋ってる感じ。脳に見せてる、俺は。俺は俺を脳に見せているんだという。そういう感覚で喋ってますんで。とにかくまず一旦脳に見せようという。自分の自分の認識を自分がどう捉えてるかを。
脳に見せていきたいという。これも身体ですよ。自分の身体性を脳に見せていく手段として、ボイスログというのを始めているわけですから。喋っていないと、この15分がなかったことになるんですよ。
どういうことかというと、AIの時代になりましたという時に、すでに文字を打つ、文字を作る、要するに文章を作る、ある種コンテンツのための文章を作る。文章作りっていうのは、これからどんどん人間が作り出したものではなくて、人間が断片を作ったもの、断片を渡したものがAIが整えるっていう時代にどんどんなっていくわけで、長い文章っていうのがすべてAIのものになっていくと思うんですよね。
もちろん短い文章はまだまだ人間が書くと思うし、断辺、切り貼りできるぐらいの断片みたいなものとか、アイディアみたいなものはこれからも引き続き人間から出てくと思うけれども、それを最終的にコンテクストの中で長いテキストにしていくっていう作業は、おそらくだけれどもこれからAIがやっていく、になっていくんですよ、絶対。そうなった時に、今、私がここにいて、私が考えている一万字、今自分が考えている一万字というのは、出力されなければ、無いものになってしまって、代わりにAIが出力した、なんとなくこんなもんだろうという一万字が出力されたままの世界になっていくっていう、これは本当に危機感を持っていて、だから今、俺がAIじゃない日本語、自然言葉を一万字、喋る必要がある、と思っている。それをAIが学習してもいいじゃないとは思うんですけど、結局自分が今ここで生きていて、記録をしなければならない。なぜなら記録をしないと、言葉はどんどんAIに取られてしまう。AIがどんどん作っていってしまう。
そうなった時に、おそらく、人間の言葉の刻み方や、人間の言葉の書き方も、AIに寄っていくと思うんです。なぜかというと、人間は学ぶ生き物なので、読んだものや、見たものから、作法や、レギュレーションを学んでいくと思うんです。
最近、AIが書いたような文章を人間が書いていることが結構あるんです。それは多分AIから人間が逆に学習してるっていうところで、AIの文章が読みやすくなってきているから、それが読みやすいんだという共通認識を得たときに、人間がAIっぽい文章を書くっていう、そこまで来てると思うんですよ。AIが章立てをするところとか、強調表現を作るところとかが、こっちの方が読みやすいんだっていう風に、このAIが作ってある文章がどんどん増えていった時に、こっちの方が人間がわかりやすくなってきたっていうそのタイミングで、人間はAIみたいな文章を作り始めるんで、俺はそこから逃れるために喋っていて、人間の文章を残し続けるんだという謎の使命感に今駆られて喋っているという、そういうボイスログですので、ぜひ引き続きお付き合いいただければと思っております。