SENDAI CITY LIFE MAGAZINE

仙台で暮らす、東北で生きる

『うたうおばけ』くどうれいん(書肆侃侃房)

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人生はドラマではないが、シーンは急にくる。

盛岡市在住の会社員/作家・くどうれいんさんの最新エッセイ集。前作『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』がリトルプレスとしては異例の7400冊以上の売り上げとなり、先日まで『POPEYE』(マガジンハウス)でも連載を行っていた、注目の書き手である。

言葉で説明するよりも、第1話がwebでも読めるようになっているので、そちらを読んだほうが、『うたうおばけ』がどんな作品であるかを理解できるだろう。

第1回 うたうおばけ(くどうれいん)|書肆侃侃房 web侃づめ|note

くどうさんの文章を読むと、素直にうらやましい気持ちになる。心のなかにある偏屈さだとか、意地悪さだとかを、軽やかに乗り越えていく筆者の比喩の多彩さ。深刻な話のときも決して気持ちを沈ませすぎずに読めるからとても驚く。扱っている題材が、日常のきわめてありふれたものだからこそ、ことばの扱いの特別さが光る。こんな文章を書けたなら、こんな表現ができたならと心から思う。

web連載の中で特におすすめしたいのが、「抜けないボクシンググローブ」という話。大学時代を仙台で過ごした著者の、仙台を離れる直前の夜のことが書かれている。ドン・キホーテ、脱色剤、やたら大きなリサイクルショップ、最悪なゲーセン。最低で最高な、乱暴で真面目な、ドラマにはならないけれど、まさに「シーン」を切り取った物語だ。

第15回 抜けないボクシンググローブ(くどうれいん)|書肆侃侃房 web侃づめ|note

 

web連載から大幅に増補された書籍版には全39編の物語が収録されている。たくさんの「ともだち」が登場して、思わずふふっと声を出して笑えるようなものから、くどうさんの人生における大きなターニングポイントであるような場面まで、さまざまな種類の物語が、一話完結型でするすると読める。今、いちばん多くの人に手に取ってほしいと私が思う作品のひとつ。

 

以下、本の内容に触れて感想を記すので、未読の方やネタバレを避けたい方はスクロールをしないようお願いしたい。なお、出版元の書肆侃侃房が運営する「本のあるところ ajiro」オンラインストアでは、5月末までの期間限定で『うたうおばけ』が送料無料となる。また、くどうれいんの住む盛岡に店舗を構え、前作『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』の出版元である「booknerd」でも、『うたうおばけ』が送料無料で購入できる。もちろん、Amazonなどのオンライン書店でも購入でき、kindleでも読むことができるので、お買い求めの際は自分の好きな場所から買って読んでくれたらうれしい。

 

『うたうおばけ』書籍情報

『うたうおばけ』くどうれいん

四六判、並製、192ページ 1,400円+税 書肆侃侃房刊

編集=藤枝大 装丁・本文デザイン=成原亜美 装画=西淑

 

『うたうおばけ』くどうれいん|エッセイ・評論|書籍|書肆侃侃房

くどうれいん『うたうおばけ』 | 本のあるところ ajiro オンラインストア

くどうれいん うたうおばけ | BOOKNERD

『うたうおばけ』販売予定書店一覧|書肆侃侃房 web侃づめ|note

 

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くどうれいん「うたうおばけ」|書肆侃侃房 web侃づめ|note

 

 

『うたうおばけ』感想

生きていく中でふと、この瞬間なんかドラマのワンシーンみたいだな、とか、あの言葉は小説の名セリフみたいだな、と思うことがある。しかし、そんなものは年に1、2度あれば良いほうだ。私たちの日常のほとんどは、ドラマにも名セリフにもならないような、ぼんやりとした時間とやり取りが繰り返されている。それらは、もっと明確で実利的なもの―たとえば仕事のタスクだとか、見ていたテレビのバラエティー番組だとか にかき消されてしまう。

『うたうおばけ』を読むと、たいていは忘れてしまうような、凡庸でささいな日々が、こうも美しいのだということに何度も気づかされる。たとえば、友人がお土産を並べて「神様へのお供え物みたいになっちゃった」と言ったこと。たとえば、パソコンにくわしい男性が「おまじないにしかなりませんでしたね」と言ったこと。たとえば、課長宛てに二重の虹を知らせる内線が入ったこと。そのひとつひとつをかけがえのない物語として見せてくれることに、くどうれいんさんのすばらしさがある。

その最たる例として、「八月の昼餉」の、なんてことのない美しさに胸を打たれた。たった1ページしかない物語の中に、親子の積み重ねてきた会話と時間のことを思わせる。素麺を啜り疲れる母と、そんなものはないよと言う娘、そして何も言わず笑う父。きっと私たちの身の回りにもある物語のかけらに、つい思いを馳せたくなる。

 

ささいな日常だけでなく、重大な事柄を描くのも上手いのが、くどうさんの強みだ。「ともだち」がたくさん登場するエッセイ集の中で、要所要所でくどうさん自身の、とても重大な話が出てくることが良いアクセントになっている。

「一千万円分の不幸」は、自身の大学受験の失敗について書かれている。その失敗のとてつもなさを思うといたたまれなくもなるけれど、その後の母の振る舞いや、力強い文末にとても救われる。彼女のたくましさというか、どんなものでも撥ね退けられる光のようなまぶしさは、こうした経験から育まれたものなのかもしれない。

ロマンスカーの思い出」はとても深刻な別れの日の出来事のはずなのに、「ふられに行くためにロマンスカーに乗る」「武道館で彼氏と別れる」といった事実が強さによって深刻さが中和されてしまう。どんな話でも、読後感はいつも爽やかだ。そんなことある!?と、そうだよねえ、のどちらにカテゴライズされることもなく、私たちに常に発見と光をくれる。

 

前作『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』は主にくどうれいんさんが大学生だった2016年に書かれたものである。それから3年以上が経ち、くどうさんは会社員となり、働きながら執筆活動を行った。『わたしを空腹にしないほうがいい』は日記として書かれているのに対し、今回の『うたうおばけ』は物語として書かれていて、あきらかに1篇あたりの文章量も増えている。軽やかな語り口は共通しているものの、ストーリー性が増したことで文章が持つ光度が増していて、色鮮やかになっている印象を受けた。その変化は紛うことなく進化と評したいポジティブなものだ。今作『うたうおばけ』の偉大さに、会社員と作家の二足の草鞋を履きながら到達したことを私は非常に感動しているし、敬意を表したい。けれど、会社員だからどう、専業だからどう、ということではなく、くどうれいんさん自身が真摯に執筆と向き合ってきたからこその進化であることは間違いない。自身のイメージを更新するような、くどうれいんのメジャーデビュー作として、あたらしい名刺代わりとして。これほどまでに抜群な作品があるだろうか。

 

くどうれいん

盛岡市出身在住の会社員/作家。2018年に出版した『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)が現在までに8刷、7400冊と地方出版のリトルプレスとしては異例のヒット。俳人歌人としても活動し、樹氷同人、コスモス会員。2020年に書肆侃侃房より『うたうおばけ』を出版し、念願の全国流通・ISBNデビュー。

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